義光被弾の地(よしあきひだんのち):「直江兼続VS最上義光」〜決戦!出羽の関ヶ原・慶長出羽合戦

直江兼続(なおえかねつぐ) 最上義光(もがみよしあき)
義光被弾の地(よしあきひだんのち)

旧暦9月29日。
関ヶ原での西軍敗北の報せを受け、直江軍は直ちに総退却となりました。

この時の富神山周辺での乱戦で義光の兜に敵弾が命中、今もその跡が生々しく残されています。

戦死者は直江軍1600ー最上軍600。

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敵弾の跡を残す「三十八間金覆輪筋兜」

最上家に伝わる義光愛用の兜。
織田信長より拝領したと伝えられています。

敵将直江兼続の鉄砲隊から狙撃され、命中。
しかし、この兜のおかげで命が助かりました。

兜は篠垂(しのだれ)一条(いちじょう)が失われ、激戦を物語る弾痕がいまも生々しく残されています。
2008/06/25 00:32
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