専称寺(せんしょうじ):「直江兼続VS最上義光」〜決戦!出羽の関ヶ原・慶長出羽合戦

直江兼続(なおえかねつぐ) 最上義光(もがみよしあき)
専称寺(せんしょうじ)

専称寺は、悲劇の死をとげた義光の二女駒姫の菩提寺です。

駒姫は、美人の誉れ高く東国一美しい女性として評判でした。文禄4年(1595年)15歳の若さをもって関白秀次の聚楽第に召されました。

この年の7月、太閤の怒りに触れた秀次は高野山にて切腹。
また子女妻妾30余命は8月2日に京都の三条河原にて斬に処せられました。

義光は娘の死を深く悼み、天童から浄土真宗専称寺を城下町山形に移して駒姫の霊を慰めました。
処刑された京都三条河原の場所には瑞泉寺が建立され、駒姫をはじめ30余の関係者のお墓があります。

罪をきる弥陀の剣にかかる身の なにか五つのさわりあるべき



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